[학술논문] 이승만라인과 재일코리안 표상 -영화「저것이 항구의 등불이다」론-
映画「あれが港の灯だ」は、現在、「日本と本国との間で板挟みになる在日」を嚆矢的に描いた作品として評価される映画である。しかし、同映画を同時代に展開していた李ライン問題と北朝鮮への送還事業、そして韓国への送還事業をめぐる韓米日の政治的な交渉を視野に入れながら考察してみると、同映画は出自を隠して生きている木村にカミングアウトを強制することにより、日本人の植民地主義の戦後責任問題を切断⋅忘却している。そして、映像の中で「李ライン外」での拿捕を強調することにより、アメリカをはじめ強大国に対しては「公海自由の原則」を主張できないにもかかわらず、韓国に対しては国際法を根拠にその主張の妥当性を振りかざしている。その結果、日本の外交的な不平等(劣等感)を隠蔽しつつ、李ラインの不当性と不法性を正当化したのである。また、映画の中では在日コリアンが韓国に帰国できない理由を単純に韓国状勢の不安(その不安を作り出した...