[학술논문] 北韓 歌劇 紅樓夢 연구
1961年,金日成在訪華時觀看了上海越劇團的≪紅樓夢≫,在他的倡議和指導下,朝鮮曾以“唱劇”的形式改編並演出≪紅樓夢≫。朝鮮唱劇≪紅樓夢≫對情節的處理、對人物感情的把握,都基本尊重原著和越劇≪紅樓夢≫。2009年,爲迎接朝中建交60周年,金正日提出對≪紅樓夢≫進行再創作,將50年前的原作進一步潤色,讓歌劇≪紅樓夢≫重回舞台。朝鮮版的≪紅樓夢≫是由國家級血海歌劇團198名成員參加演出,導演蔡明錫,編劇趙靈出,作曲李冕相。幾位≪紅樓夢≫的主演都是“80後”青年演員。2010年,血海歌劇團的歌劇≪紅樓夢≫在華亮相,感動中國人。歌劇≪紅樓夢≫分6場,以寶、黛愛情爲主線,呈現了大觀園初見、月下定情、共讀西廂、寶玉挨打、黛玉葬花和騙婚等情節。歌劇≪紅樓夢≫對於朝中文化外交有特別重要的意義。
[학술논문] 21세기 동아시아 지정학과 한일 안보협력 - 수렴되는 중견국의 외교안보적 선택 -
...ジア地政学が米中二極体制へ移行する、という予測に批判を急速にすすめうれてきた行うとともに、東アジア地政学の多重的真空状況を説明する。そこであげたのは、大国対し間の力の真空、地域秩序に関する理念の真空、同盟国同士の信頼の真空、そして主要国間の歴史認識の真空である。そしてⅣ節では、冷戦後韓日両国の外交安保面での選択がどのように近づいてきたかを明らかにする。中堅国同士の両国は、同盟の地域化ㆍグローバル化および大陸勢力への防波堤役割という新しい地政学的アイデンティティを慎重ではあるが誠実に受け入れてきた。同時に、自らの政治的、安保的目標を達成し、また大国間パワーゲームによって生じうるコストを最小限にするために地域主義をも進めるがそれはそれほど成功的なものではなかった。そこで、あうわれたのが韓日安保協力の際立つ緊密化であった。そしてその前提として北韓認識、中国認識、そして相互認識の着実な接近があったのは見逃せない。
[학술논문] 현대중국의 핵과 일본의 평화운동
周知の通り、NPT体制(核拡散防止条約)は一九六三年からの議論の後、一九七十年からの実施を見たわけである。ちょうどこの間に、先に取り上げた中華人民共和国の核実験の成功がある。一九七十年当時、人民共和国は国連の議席をもたない存在であったものの、一九七二年に議席を勝ち取り、さらに安全保障常任理事国のポストも手に入れた。これこそ冷戦政治の一大転換点であった。そして一九九二年、人民共和国はフランスとともにNPT体制の中に入ることになる。そして以下のような転換が出て来る。すなわち、独自外交を目指したフランス以外の「西側先進国+ソ連(ロシア)」体制が既存の核兵器保有国の枠組みであったものが、第三世界である中国が入ったことによって、核兵器保有の波はさらに、インド、パキスタン、イスラエル、DPRK、そしてイランへと拡大し続けようとしているということである。これら新たな核保有国に共通するのは、NATOに入っ
[학술논문] 이승만라인과 재일코리안 표상 -영화「저것이 항구의 등불이다」론-
映画「あれが港の灯だ」は、現在、「日本と本国との間で板挟みになる在日」を嚆矢的に描いた作品として評価される映画である。しかし、同映画を同時代に展開していた李ライン問題と北朝鮮への送還事業、そして韓国への送還事業をめぐる韓米日の政治的な交渉を視野に入れながら考察してみると、同映画は出自を隠して生きている木村にカミングアウトを強制することにより、日本人の植民地主義の戦後責任問題を切断⋅忘却している。そして、映像の中で「李ライン外」での拿捕を強調することにより、アメリカをはじめ強大国に対しては「公海自由の原則」を主張できないにもかかわらず、韓国に対しては国際法を根拠にその主張の妥当性を振りかざしている。その結果、日本の外交的な不平等(劣等感)を隠蔽しつつ、李ラインの不当性と不法性を正当化したのである。また、映画の中では在日コリアンが韓国に帰国できない理由を単純に韓国状勢の不安(その不安を作り出した理由については言及するこ...
[학술논문] 論增進韓中曆史文化相互理解合作與任務
韓中兩國建立外交關系之後,兩國在許多領域友好往來、交流十分活躍,但在曆史問題上,兩國之間仍然存在巨大分歧,嫌韓、反韓情緒問題依舊存在。韓中兩國之間在曆史問題上的糾紛起源於2002年開始的“東北工程”,而東北工程的導火線是北韓重修高句麗古墓壁畫後2001年申請世界文化遺產事件。雖然兩國之間的爭論是由端午節引發,但是起因卻是由於兩國之間的相互理解不足。由於最近雙方進行不斷的文化交流,韓中兩國都認識在曆史文化方面相互理解、尊重的態度必將對兩國友好關系的發展起到一定影響。實際上韓中兩國之間存在的曆史懸案以及由於日本的歪曲曆史行爲使得西洋史學沒有正確理解韓國古代史,國內學界的曆史問題重重隱藏在內。而韓中兩國史學界爲解決兩國曆史懸案而作出的努力。比如,按照曆史潮流改變曆史教育過程,還積極倡導克服自我中心主義曆史觀,尊重亞洲曆史多樣性,韓國有意願同中日韓三國的曆史學者、教師共同編